一段落しました [風物詩]
今日、稲刈りが終わりました。後は稲架から天日干しをしている稲をおろして、脱穀、籾すりだけです。最近は雨が多くて、稲架の稲がよく乾燥せず、農作業が長引いています。
↑刈り取った後の棚田
2週間ほど、天日干しをするとちょうどよい乾燥具合になって、脱穀できます。
↑稲架に架けて乾燥中の稲
↑そろそろ脱穀できそうな稲
太陽があたると黄金色に光って見えるのですが、今日は曇りで太陽が照ってくれません。
もう少しのがんばりです。早く新米を食べたいですね。
↓おまけ
↑ツユクサと睡蓮です。棚田のそばにひっそりと咲いていました。
↑刈り取った後の棚田
2週間ほど、天日干しをするとちょうどよい乾燥具合になって、脱穀できます。
↑稲架に架けて乾燥中の稲
↑そろそろ脱穀できそうな稲
太陽があたると黄金色に光って見えるのですが、今日は曇りで太陽が照ってくれません。
もう少しのがんばりです。早く新米を食べたいですね。
↓おまけ
↑ツユクサと睡蓮です。棚田のそばにひっそりと咲いていました。
忙しい週末 [風物詩]
7日から始まりました、秋で一番忙しい週末。稲刈りです。
大事な米の収穫ですから、忙しいのには超したことがないのですが、稲刈りは疲れちゃいます。うちはいまだに20年くらい前の農業をしています。大型の機械、コンバインで稲刈りができるほどのよい田んぼではないんです。小さく形の悪い田んぼばかりで、バインダーという機械で刈っています。それも稲が倒れていない所だけ。皆さんはバインダーなんていう機械は見たことないでしょう。1列ずつ稲を刈って束ねるのです。それを稲架(はさ)に架けて天日干しするのです。2週間ほどしてから、稲架からおろして脱穀です。脱穀して、籾すりをしてから米となります。米は美味しくなるのですが、本当に重労働。コンバインなら刈ったらすぐに籾になり、それを出荷すればいいのですから。写真があればよくわかると思いますが、アップできなくてすいません。稲刈りをしている間に写真を撮っている時間がなくて。
いずれ、お見せしたいと思います。
大事な米の収穫ですから、忙しいのには超したことがないのですが、稲刈りは疲れちゃいます。うちはいまだに20年くらい前の農業をしています。大型の機械、コンバインで稲刈りができるほどのよい田んぼではないんです。小さく形の悪い田んぼばかりで、バインダーという機械で刈っています。それも稲が倒れていない所だけ。皆さんはバインダーなんていう機械は見たことないでしょう。1列ずつ稲を刈って束ねるのです。それを稲架(はさ)に架けて天日干しするのです。2週間ほどしてから、稲架からおろして脱穀です。脱穀して、籾すりをしてから米となります。米は美味しくなるのですが、本当に重労働。コンバインなら刈ったらすぐに籾になり、それを出荷すればいいのですから。写真があればよくわかると思いますが、アップできなくてすいません。稲刈りをしている間に写真を撮っている時間がなくて。
いずれ、お見せしたいと思います。
上越市の蓮と花火 [風物詩]
7月上旬に蓮が咲き始め、夏本番の26日、花火大会がありました。
上越市、城下町高田の名物は桜、蓮、雪。今は蓮の季節です。
これなんだかわかりますか。蓮の上にたまった水の中です。
26日に花火大会がありまして、ぶれていますがおもしろいので載せてみました。
これ、なんだか人間に見えませんか。頭が大きい人間のようです。
蓮と花火で本当の夏が来たんだなという感じがします。これからさらに暑くなりますが、皆様お体には十分気を付けて、夏を乗り切ってください。
上越市、城下町高田の名物は桜、蓮、雪。今は蓮の季節です。
これなんだかわかりますか。蓮の上にたまった水の中です。
26日に花火大会がありまして、ぶれていますがおもしろいので載せてみました。
これ、なんだか人間に見えませんか。頭が大きい人間のようです。
蓮と花火で本当の夏が来たんだなという感じがします。これからさらに暑くなりますが、皆様お体には十分気を付けて、夏を乗り切ってください。
やな場へ行ってきました [風物詩]
山の神が体調が悪いということで、大好きな鮎を食べに、堀之内ヤナ場へ行ってきました。ヤナバとは、川で流れてくる魚を捕るための竹で編んだ、大きな漁場というところでしょうか。
(あ、しまった、ヤナ場の写真を撮ってこなかった)
そこは鮎が名物で、塩焼きやフライ、甘露煮、取れたての鮎を食べさせてくれます。まだ、時期的に少し早かったせいか、もっとまるまる太った鮎が出てくるかなと思いましたが、手頃の鮎でした。フライと塩焼き、甘露煮、ご飯、おすいものがついてなんと1600円、天然物の鮎は挽き2000円以上するでしょう。
フライ
甘露煮
塩焼き
鮎は塩焼きが一番おいしいですよね。
後はご飯とお吸い物
魚沼産コシヒカリだからとてもつやつやしていておいしい。満腹になりました。
山の神は少し調子が戻ったかな。
(あ、しまった、ヤナ場の写真を撮ってこなかった)
そこは鮎が名物で、塩焼きやフライ、甘露煮、取れたての鮎を食べさせてくれます。まだ、時期的に少し早かったせいか、もっとまるまる太った鮎が出てくるかなと思いましたが、手頃の鮎でした。フライと塩焼き、甘露煮、ご飯、おすいものがついてなんと1600円、天然物の鮎は挽き2000円以上するでしょう。
フライ
甘露煮
塩焼き
鮎は塩焼きが一番おいしいですよね。
後はご飯とお吸い物
魚沼産コシヒカリだからとてもつやつやしていておいしい。満腹になりました。
山の神は少し調子が戻ったかな。
消防の季節です [風物詩]
上越市の消防大会が行われました。
この季節には、消防の行事が盛りだくさんで、日曜日がかなりつぶれます。
6日に行われたこの大会には、我が地域から消防ポンプ自動車の操法競技に出場しました。
操法とは、機械器具の取り扱いの迅速さや的確さを争うものです。特にいち早く放水することが肝心です。
この季節には、消防の行事が盛りだくさんで、日曜日がかなりつぶれます。
6日に行われたこの大会には、我が地域から消防ポンプ自動車の操法競技に出場しました。
操法とは、機械器具の取り扱いの迅速さや的確さを争うものです。特にいち早く放水することが肝心です。
椿が咲きました [風物詩]
我が家の椿が咲きました。これほど大きい花を付けるとは思いませんでした。
まだ、山茶花もつぼみがあるので、また楽しみです。
木の花はいいのですが、雑草が伸び出してきました。また草取りをしなければなりません。雑草が生えない方法はないですかね。困ったものです。
まだ、山茶花もつぼみがあるので、また楽しみです。
木の花はいいのですが、雑草が伸び出してきました。また草取りをしなければなりません。雑草が生えない方法はないですかね。困ったものです。
花見ブレブレ [風物詩]
昨日、三大夜桜のひとつ、高田公園に花見に行ってきました。とても寒くて、小雨も時々降る中、行きましたが、人出はすごかったでした。夕方から夜にかけてだったので、写真はすべて手ぶれでひどいですが、雰囲気だけでも味わってください。
もう桜は見飽きた方が多いでしょうが、我慢してみてください。今が満開、最高でした。
(三大夜桜は、東京の上野公園、青森県の弘前公園、新潟県の高田公園です。)
高田城は慶長19年(1614)、高田の菩提が原の地を主郭に徳川家康の6男松平忠輝が築城した75万石の大規模な近世城郭であった。本丸は内堀(薬研堀)と塁に囲まれ、現状では堀幅40〜50m、平均水深5m程あり、塁は高さ10m前後で総長約1,000m、石を用いず2ヵ所の内桝形門と1ヵ所の内カギ形門を挟んだ囲み土塁である。現在の本丸内郭跡は東西215m、南北228mの広さで、この中に城主の御殿や多くの建物が存在していた。天守閣を造らず、塁上には南西隅の三重矢倉を「御三階」と呼んで城のシンボルとし、他に多門櫓2棟、矢倉台1ヵ所、御茶屋台 1ヵ所などが設けれていた。
この高田城も、寛文5年(1665)の高田地震、宝暦地震(1751)、善光寺地震(1847)及び享和2年(1802)の火災等にあい、その都度規模が縮小されたが、明治3年の火災によって再び焼失し、以後再建されなかった。高田城は、慶長19年から8家18代の城主が交替し257年間続いたが 明治4年にその幕を閉じた。明治41年、第13師団入城の際に土塁の切りくずし等で城跡は変形したが、基本的な原形は保存されており、新潟県の史跡に指定されている。(説明板から)
約3000本の桜が皆さんを待っています。
↑高田公園
これは復元された三重櫓です。
↑高田城
ラーメンをいただきました。屋台ではこれくらいでおいしいのでしょうね。(早く言えば特別おいしくはないです。)
ほかにたこ焼きを食べました。
山の神はどぶろくも飲んでいました。おいしそうでした。(僕は運転なので飲めません。残念。)
↑どぶろく
枝垂れ桜です。ブレブレです。ごめんなさい。
↑枝垂れ桜
桜のトンネル、桜ロードです。
↑桜ロード
↑赤い欄干の橋
もう桜は見飽きた方が多いでしょうが、我慢してみてください。今が満開、最高でした。
(三大夜桜は、東京の上野公園、青森県の弘前公園、新潟県の高田公園です。)
高田城は慶長19年(1614)、高田の菩提が原の地を主郭に徳川家康の6男松平忠輝が築城した75万石の大規模な近世城郭であった。本丸は内堀(薬研堀)と塁に囲まれ、現状では堀幅40〜50m、平均水深5m程あり、塁は高さ10m前後で総長約1,000m、石を用いず2ヵ所の内桝形門と1ヵ所の内カギ形門を挟んだ囲み土塁である。現在の本丸内郭跡は東西215m、南北228mの広さで、この中に城主の御殿や多くの建物が存在していた。天守閣を造らず、塁上には南西隅の三重矢倉を「御三階」と呼んで城のシンボルとし、他に多門櫓2棟、矢倉台1ヵ所、御茶屋台 1ヵ所などが設けれていた。
この高田城も、寛文5年(1665)の高田地震、宝暦地震(1751)、善光寺地震(1847)及び享和2年(1802)の火災等にあい、その都度規模が縮小されたが、明治3年の火災によって再び焼失し、以後再建されなかった。高田城は、慶長19年から8家18代の城主が交替し257年間続いたが 明治4年にその幕を閉じた。明治41年、第13師団入城の際に土塁の切りくずし等で城跡は変形したが、基本的な原形は保存されており、新潟県の史跡に指定されている。(説明板から)
約3000本の桜が皆さんを待っています。
↑高田公園
これは復元された三重櫓です。
↑高田城
ラーメンをいただきました。屋台ではこれくらいでおいしいのでしょうね。(早く言えば特別おいしくはないです。)
ほかにたこ焼きを食べました。
山の神はどぶろくも飲んでいました。おいしそうでした。(僕は運転なので飲めません。残念。)
↑どぶろく
枝垂れ桜です。ブレブレです。ごめんなさい。
↑枝垂れ桜
桜のトンネル、桜ロードです。
↑桜ロード
↑赤い欄干の橋